松本・四柱神社|「願いごとむすびの神」を詳しく紹介|御朱印・歴史・見どころ・アクセス

観光

松本城から歩いてほど近く。

女鳥羽川に架かる幸橋を渡り、縄手通りのにぎわいのすぐそばに鳥居を構えるのが、**四柱神社(よはしらじんじゃ)**です。

松本の街なかにありながら、一歩境内へ入ると空気が少し変わったように感じられる場所。

大きな木々に囲まれた境内と、落ち着いた佇まいの社殿。

観光客だけでなく、日々お参りする地元の人の姿も見られます。

四柱神社は、四柱の大神をお祀りすることから、**「願いごとむすびの神」**として知られています。

でも、四柱神社の魅力は「願いが叶う神社」というだけではありません。

その歴史をたどっていくと、明治時代の松本、明治天皇の行幸、松本大火、そして現在の縄手通りへとつながっていきます。

今回は、松本の人々から「しんとう」と呼ばれ親しまれてきた四柱神社を、じっくり歩いてみましょう。


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四柱神社とは?

四柱神社は、長野県松本市大手3丁目に鎮座する神社です。

「四柱」という少し珍しい名前は、四柱の大神をお祀りしていることに由来します。

御祭神は次の四柱です。

  • 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
  • 高皇産霊神(たかみむすびのかみ)
  • 神皇産霊神(かみむすびのかみ)
  • 天照大神(あまてらすおおみかみ)

このうち天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神は「造化三神」と呼ばれる、日本神話の天地開闢に登場する神々。

そこに、日本を代表する神様ともいえる天照大神が加わっています。

これが、四柱神社最大の特徴です。


なぜ「願いごとむすびの神」と呼ばれるの?

四柱神社を調べると、よく目にするのが

「願いごとむすびの神」

という言葉です。

この「むすび」を単純に「縁結び」と考えてしまうと、四柱神社本来の意味を少し狭く捉えてしまいます。

四柱神社の案内では、高皇産霊神・神皇産霊神の御神名にある「ムスビ」について、ものを生み出し、実を結ばせ、調和させる力につながるものとして説明されています。

つまり「むすび」は、

人と人を結ぶだけではありません。

仕事との縁。

家族との縁。

新しい出会い。

物事を生み出すこと。

育てること。

そして、それが実を結ぶこと。

そんな幅広い意味を持っています。

四柱の大神の非常に高い御神徳から、**すべての願いが相叶うという意味で「願いごとむすびの神」**として崇敬されてきました。

ですから四柱神社は、「恋愛成就だけの神社」というより、人生のさまざまな節目でお参りできる神社、と考えると分かりやすいでしょう。


四柱の神様をもう少し詳しく

せっかく四柱神社へお参りするなら、

「どんな神様に手を合わせているのか」

を知っておくと、参拝がさらに印象深いものになります。

① 天之御中主神

「あめのみなかぬしのかみ」と読みます。

『古事記』の天地開闢で最初に現れる神様です。

四柱神社の説明では、その御名が示すように「天の中央に坐す主の神」とされ、産霊のはたらきを統一する神様と説明されています。


② 高皇産霊神

「たかみむすびのかみ」。

天地の始まりに現れた造化三神の一柱です。

名前に含まれる「むすび」は、単なる人間関係の縁ではなく、生成・発展・結実・調和へとつながる力を表しています。


③ 神皇産霊神

「かみむすびのかみ」。

こちらも造化三神の一柱。

高皇産霊神とともに、生命や物事を生み育て、結実させる「むすび」の御神徳につながる神様です。


④ 天照大神

「あまてらすおおみかみ」。

伊勢神宮の内宮に祀られることで知られる、日本神話を代表する神様です。

四柱神社では、造化三神の御神意を地上に顕現される神様として説明されています。


四柱神社の歴史は明治時代から始まる

ここからが、四柱神社のおもしろいところです。

非常に古い神々をお祀りしているため、何百年、あるいは千年以上前からある神社のように感じますが、四柱神社の創建は明治時代です。

明治7年(1874年)2月。

当時、筑摩県庁が置かれていた松本に「神道中教院」が設立されました。

そこに、

天之御中主神
高皇産霊神
神皇産霊神
天照大神

の四柱の大神が奉斎されます。

その後、新たに一社を興し、明治12年(1879年)10月1日、現在地に四柱神社として鎮斎されました。

場所は女鳥羽川の清流に沿う、旧松本城内・大手門付近。

今でこそ市街地の真ん中ですが、創建当時は景勝の地だったと伝えられています。


明治天皇と四柱神社

四柱神社の歴史を語るうえで欠かせないのが、明治天皇との関係です。

四柱神社が現在地に鎮斎された翌年の明治13年(1880年)、明治天皇がこの地方へ行幸されました。

長野県神社庁の由緒では、四柱神社に隣接して建てられた神道事務分局が行在所となったことが記されています。

そして神社の南側、女鳥羽川に架かっているのが現在の**幸橋(さいわいばし)**です。

松本市公式観光サイトによれば、この名前は、明治天皇が四柱神社を訪れた際に渡った「御幸橋」に由来するともいわれています。

四柱神社を訪れるときは、神社だけを見るのではなく、

幸橋 → 鳥居 → 境内

と歩いてみるのもおすすめです。


松本大火で社殿が焼失

現在の立派な社殿を見ると、創建当時から残っているようにも見えます。

しかし、実はそうではありません。

明治21年(1888年)1月4日。

松本で発生した大火により、四柱神社の社殿と神道事務分局の建物は焼失しました。

その後は仮殿で奉斎される時代が続きます。

そして大正13年(1924年)。

創建時と同じように中南信地域から広く奉賛を受け、現在につながる社殿が再建されました。

つまり現在の社殿には、松本の人々が神社を再建しようとした思いも受け継がれているのです。


なぜ松本の人は「しんとう」と呼ぶの?

地元の年配の方などが、

「四柱神社」ではなく「しんとう」

と呼んでいるのを聞いたことがある方もいるかもしれません。

これにもきちんと理由があります。

四柱神社の前身には「神道中教院」、のちの「神道事務分局」という歴史があります。

その由緒から、地元では四柱神社を**「しんとう(神道)」**と呼び、親しんできました。

これは観光案内だけではなかなか分からない、松本らしい呼び方です。


秋の「神道祭」は松本を代表する祭り

「しんとう」という呼び名は、お祭りにも残っています。

四柱神社の例祭は、

「神道祭」

と呼ばれます。

長野県神社庁では例祭日を10月2日とし、松本平を代表する盛大な秋祭として斎行されていると紹介しています。

普段の落ち着いた境内とはまた違った四柱神社の表情を見ることができます。


境内で見ておきたいところ

四柱神社を訪れたら、参拝だけしてすぐに出てしまうのは少しもったいないところ。

境内をゆっくり歩いてみましょう。

拝殿

まず目を引くのが、重厚な木造の社殿です。

深い色合いの木部と大きな屋根、正面の注連縄など、街なかの神社とは思えない落ち着いた雰囲気があります。

今回アイキャッチの元にした写真にも写っている場所ですね。

少し離れた位置から屋根全体を眺めると、その存在感がよく分かります。


狛犬

社殿を守る狛犬も、ぜひ見ておきたいところです。

何気なく通り過ぎてしまいがちですが、社殿と一緒に写真に収めると、四柱神社らしい一枚になります。


境内の木々

四柱神社は松本の中心市街地にあります。

それなのに境内には木々が多く、季節によって表情が変わります。

松本市公式観光ブログでも、境内には緑の小路やさまざまな木々・花があり、秋には紅葉が美しい場所として紹介されています。

「観光名所」というより、ふらっと立ち寄って少し休みたくなる場所でもあります。


四柱神社と縄手通りはセットで知るとおもしろい

四柱神社の記事なら、ここはぜひ詳しく触れておきたいところです。

現在の縄手通りは、四柱神社と非常に深い関係があります。

縄手通りの「縄手」とは、松本城の南総堀と女鳥羽川の間にあった、縄のように細長い土手に由来します。

そして明治12年(1879年)に四柱神社が現在地へ建立されると、縄手通りはその参道として発達していきました。

つまり、

四柱神社ができる

参拝する人が訪れる

参道として縄手通りが発達する

というつながりがあるわけです。

今ではカエルの街として知られる縄手通りですが、その歴史の背景には四柱神社があります。

これは四柱神社と縄手通り、両方の記事を読むとつながるポイントですね。


女鳥羽川と幸橋も一緒に歩こう

四柱神社の南側には女鳥羽川が流れています。

そこに架かる朱色の橋が幸橋

橋を渡った先に四柱神社が見えるため、ここは写真を撮るにもおすすめです。

幸橋は映画『orange』のロケ地としても知られています。

縄手通りだけでなく、

女鳥羽川 → 幸橋 → 四柱神社

まで含めて歩くと、この一帯の街並みをより楽しめます。


御朱印・お守りを受けるなら

四柱神社には授与所があり、御神札やお守りなどを受けることができます。

授与所:9:00〜16:30

と案内されています。

御朱印を希望する方も、授与所の開いている時間帯に訪れるのが安心です。

参拝そのものは24時間可能です。


ご祈祷について

ご祈祷の受付時間は、

9:00〜16:00

です。

昇殿参拝も祈祷時間内となっています。

安産祈願など各種祈願を希望する場合は、時間に余裕をもって訪れるとよいでしょう。


参拝時間は?

四柱神社は、

24時間参拝可能

と案内されています。

ただし、

御朱印・お守りなど → 9:00〜16:30
ご祈祷 → 9:00〜16:00

と、目的によって時間が違います。

観光で訪れるなら、社殿や境内の雰囲気を楽しみやすく、縄手通りのお店も開いている日中がおすすめです。


四柱神社へのアクセス

四柱神社(よはしらじんじゃ)

住所:長野県松本市大手3丁目3-20
電話:0263-32-1936
四柱神社公式 HP

松本駅から徒歩で向かうこともでき、松本城・縄手通り・中町通りと組み合わせやすい立地です。

松本市公式観光情報では、松本ICから車で約15分、公共交通機関では松本駅お城口からタウンスニーカー北コースを利用し、大名町下車後徒歩約2分と案内されています。


四柱神社に専用駐車場はある?

車で訪れる場合は、周辺の市営駐車場やコインパーキングを利用する前提で考えておくと安心です。

四柱神社は松本中心市街地にあるため、松本城・縄手通り・中町通りまで徒歩で回ることができます。

そのため、

車を一度停めて、あとは歩く

という観光方法が向いています。

※駐車料金や営業時間は変更されることがあるため、利用当日に確認してください。


おすすめの散策コース

四柱神社だけなら、それほど長い時間は必要ありません。

ですが、この場所の魅力は周辺を歩いてこそ分かります。

おすすめは、

松本城 → 四柱神社 → 縄手通り → 幸橋 → 中町通り

というコース。

四柱神社と縄手通りはほぼ隣接しており、松本市公式観光サイトでも松本城・中町通りなどと合わせた街歩きが紹介されています。

松本城の歴史。

四柱神社の静けさ。

縄手通りのにぎわい。

女鳥羽川の水辺。

中町通りの蔵の街並み。

短い距離の中で、松本の違った表情を次々に楽しめるのが、このコースの良さです。


四柱神社はこんな方におすすめ

四柱神社は、神社巡りが好きな方はもちろん、

「松本城だけではなく街も歩いてみたい」

「縄手通りへ行く予定がある」

「御朱印をいただきたい」

「旅の途中で静かな場所に立ち寄りたい」

「松本の歴史をもう少し深く知りたい」

という方にもおすすめです。

特に縄手通りを訪れるなら、ぜひ四柱神社にも立ち寄ってみてください。

ほんの数分のお参りでも、松本観光の印象が少し変わると思います。


四柱神社 基本情報

項目内容
名称四柱神社(よはしらじんじゃ)
所在地長野県松本市大手3丁目3-20
御祭神天之御中主神・高皇産霊神・神皇産霊神・天照大神
参拝24時間
授与所9:00〜16:30
ご祈祷受付9:00〜16:00
例祭10月2日(神道祭)
電話0263-32-1936
周辺縄手通り・幸橋・松本城・中町通り

参拝・授与所・祈祷時間は四柱神社の案内、例祭日は長野県神社庁の掲載情報に基づいています。


まとめ|四柱神社は松本の「ご縁」と歴史が結ばれる場所

四柱神社を「願いが叶うパワースポット」という一言だけで紹介してしまうのは、少しもったいないように思います。

四柱の大神をお祀りする「願いごとむすびの神」。

明治時代の創建。

明治天皇とのゆかり。

松本大火からの再建。

地元の人たちが呼ぶ「しんとう」。

秋の神道祭。

そして四柱神社の参道として発展した縄手通り。

一つひとつを知ってから境内に立つと、同じ景色でも少し違って見えてきます。

松本城を見学したあと、にぎやかな縄手通りを歩く途中に、ほんの少し足を止めて境内へ。

旅のお願いをするのもいいでしょう。

これまでのご縁に感謝するのもいいでしょう。

松本の街なかで、人と人、過去と現在、そしてさまざまな「ご縁」を結んできた場所。

それが四柱神社なのかもしれません。

松本を訪れた際には、ぜひゆっくりお参りしてみてください。

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