思考を拾う老人 プロローグ|散らかった人生

気づきの書箱
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整っていないのは、環境ではなかった

財布の中身は結果だ。

散らかっているのは、その前だ。

だがそのときの私は、
その意味をまったく理解していなかった。

私は五十八歳になっていた。

若い頃は
そのうち余裕ができると思っていた。

仕事を続けていれば
いつか楽になると思っていた。

だが気づけば
未来に置いてきたはずの余裕は
どこにもなかった。

再雇用。

給料は三割ほど下がった。

生活は続くが
安心は少しずつ削れていく。

子どもは独立した。

妻との生活は穏やかだ。

だが心のどこかで
私はずっと焦っていた。

このままでいいのだろうか。

そんなことを考える日が
増えていた。

仕事帰り、
私はよく公園に立ち寄るようになった。

街の外れにある
小さな公園だ。

特別な場所ではない。

古い遊具と
少し大きな木が一本あるだけの
静かな場所だった。

夕方になると
子どもの声は消え
公園は急に静かになる。

その時間が
私は嫌いではなかった。

公園の真ん中には
大きな木がある。

その下に
古いベンチが置かれている。

塗装は剥げているが
まだしっかりしている。

私は三週間ほど
そのベンチに座っていた。

ただ座って
ぼんやりしているだけだった。

将来のことを考えたり
考えるのをやめたり。

そんな時間だった。

その日も
いつものようにベンチに座っていた。

夕方の空が
少しずつ色を変えていく。

そのときだった。

いつの間にか
隣に老人が座っていた。

細身の老人だった。

背筋がまっすぐ伸びている。

七十代後半くらいだろうか。

静かな人だった。

私は
その老人がいつからそこにいたのか
分からなかった。

老人は
少し空を見上げてから言った。

穏やかな声だった。

「成功法則を教えてやろうか」

私は思わず笑った。

成功法則。

その言葉ほど
怪しく聞こえるものはない。

だが老人は
静かにポケットから
小さなメモ帳を取り出した。

古びた革のメモ帳だった。

老人は
そのページを一枚破ると
私に差し出した。

そこには
たった一行だけ書かれていた。


毎朝十五分、頭の中を書き出せ。


私は思った。

そんなことで
人生が変わるはずがない。

だが。

私はまだ知らなかった。

この一行が
私の人生を
静かに変えていくことを。

次の話▶
思考を拾う老人 第1話|止まった時計

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