思考の整理箱③第4話|見るということは、認めるということ

思考の整理箱

🌱 思考の整理箱③|正しさの前に、置くもの
仕事や人間関係の中で感じた小さな違和感を、
六つの物語で静かに整理していく記録です。

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—気づいた違和感を、流さずに置く—

彼女の様子が、少し違っていた。

特別なトラブルがあったわけではない。
数字も順調。
進捗も問題ない。

それでも、どこか表情が固い。

「大丈夫です。」

その言葉が、少しだけ平らに聞こえた。

私は一瞬、気づいた。
そして、そのまま流そうとした。

忙しかったからだ。


数日後、別の人から聞いた。

「あの案件、結構きつかったみたいですよ。」

そこで思い出した。

あのときの、平らな声。
視線を外した瞬間。

私は見ていた。
でも、見留めてはいなかった。


見ることはできる。

資料を見る。
数字を見る。
期限を見る。

でも、人を見ることは、
思っているより難しい。

その人の声のトーン。
言葉の間。
目の奥の揺れ。

そこに、何かが滲むことがある。

私は仕事を回すことに集中していた。
正しく進めることに意識を向けていた。

でも、彼女の“余裕のなさ”までは見ていなかった。


次に同じような違和感を感じたとき、
私は立ち止まった。

「最近、少し無理してないか?」

彼女は少し驚き、そして小さく息を吐いた。

「実は、家のことで少し……。」

そこで初めて知った事情があった。

私は、ただ聞いた。

解決策を出したわけでもない。
特別なことをしたわけでもない。

それでも、その日の彼女の
「ありがとうございます」は、やわらかかった。


人は、完璧な助言よりも先に、
“見てもらえた感覚”を覚えているのかもしれない。

見留めるということは、
大げさな行為ではない。

立ち止まること。
流さないこと。
気づいた違和感を、置き去りにしないこと。

それだけだ。

整理とは、消すことではなく、置き場所を決めること。

仕事の前に、人を置く。

その順番を少し変えるだけで、
空気は静かに変わっていく。

次の話▶
第5話 本当にわかろうとするということ (作成中)

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