※これは答えや正解を示す記事ではありません。
気づいたら、思考が静かに整理されていた。
そんな感覚の記録です。
**斎藤一人**さんの
「困ったことは起こらない」という言葉。
最初に触れたとき、
「なるほど、いい言葉だな」
そのくらいの感覚だった。
強く信じようとしたわけでもないし、
人生を変えようと思ったわけでもない。
ただ、不思議と頭の中に するっと入ってきた。
実践しようとした覚えはない
よくある自己啓発のように、
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今日からこう考えよう
-
困らない自分になろう
-
ネガティブを消そう
そんなことは一切していない。
困ったら「うわ…」と思うし、
焦るときは普通に焦る。
それでもなぜか、
深刻にならない。
気づいたら、こうなっていた
後から振り返ってみると、
-
困った「出来事」は起きている
-
でも「困った人生」にならない
-
いつの間にか、なんとかなっている
そんな場面が増えていた。
不思議だけど、
奇跡が起きている感じでもない。
ただ、
「困った」と決めつける前に
次の一手を考えている自分がいた。
この言葉の正体に気づいた
あるとき、ふと思った。
これは
「何も起きない魔法の言葉」じゃない。
たぶん、
困ったと“決める”のを
少し後回しにする言葉
なんだと思う。
意味をすぐに確定させないから、
視野が狭くならない。
選択肢が残る。
結果、流れが止まらない。
無理に信じなくていい
この言葉は、
-
信じるもの
-
守らなきゃいけない教え
ではないと思う。
もし合わなければ、
使わなくてもいい。
でももし、
今ちょっと疲れていたり、
考えすぎて動けなくなっているなら、
「これは困ったことじゃないかもしれない」
と 意味を保留してみる。
それだけで、
世界の重さは少し変わる。
今の結論
「困ったことは起こらない」は、
前向きになるための言葉ではなく、
力を抜くためのスイッチだった。
頑張らなくてもいい。
完璧に理解しなくてもいい。
ただ、
そう思えた日は、
なぜか今日もうまく回ってしまう。
それが、
今の正直な実感です。
― 思考の整理箱より


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