思考の整理箱:②-1「自分で決める」だけで、他人の目は驚くほど気にならなくなった

思考の整理箱

かつての私は、かなり依存心の強い人間だったと思います。
何かを選ぶとき、決めるとき、無意識のうちに「誰かの正解」を探していました。

嫌われないだろうか。
間違っていないだろうか。
変に思われないだろうか。

そうやって、他人の目を基準に生きていました。


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他人の目を気にしていたのではなく、決定権を渡していた

今なら分かります。
私は「他人の目を気にしていた」のではなく、
人生の決定権そのものを他人に預けていたのだと。

誰かが決めてくれた選択なら、
うまくいかなくても「自分のせいじゃない」と思える。
その一方で、心のどこかにずっと不安が残る。

自分で選んでいない人生は、
安心そうに見えて、実はとても不安定でした。


心に残った一冊の言葉

そんなときに出会ったのが(加藤諦三著 大和出版)
『思いやりの心理ー 自分が大きくなる人間関係の方法』でした。

その中にあった、

~自分が自分の主人公になれば罪悪感は消える~ 自分が自分の主人公になる。自分のやりたいことをやる。他人の要求が自分をゆがめるときはノーという。

という言葉。

読んだ瞬間、
「これだ」と思いました。自分の主人公になるって自分で自分の決定権を持つことなんだよな。

他人の目が気になるから苦しいのではなく、
自分を持っていなかったから、他人の目に振り回されていたのだと。これって❝好かれるために人を喜ばせようとするのは奴隷❞なんじゃないか。

責められた感じはありませんでした。
むしろ、過去の自分をそっと説明してもらえたような気がして、救われました。 (※表現は、書籍の内容をもとに私なりに要約しています。)


依存とは「自分で決めないこと」だった

この本を読んで、
私の中で「依存」の定義が変わりました。

依存とは、甘えることではなく、
自分で決める責任を放棄することだったのです。

誰かに委ねれば楽です。
でもその代わりに、

  • 自分の人生を生きている感覚

  • 納得感

  • 手応え

これらを、少しずつ失っていきます。


自分で決めると、怖い。でも自由になる

正直に言うと、
「自分で決める」と意識し始めた頃は怖かったです。

失敗したらどうしよう。
間違っていたらどうしよう。
全部、自分の責任になる。

それでも、小さなことから決めるようにしました。

誰かにどう思われるかではなく、
自分はどうしたいかで選ぶ。

すると不思議なことに、
少しずつ、他人の目が遠のいていきました。


生きやすさは「自信」ではなく「覚悟」から生まれる

自分をしっかり持つ、というのは
強くなることでも、完璧になることでもありません。

自分で決める覚悟を持つこと。

それだけでした。

自信があるから決められるのではなく、
決め続けた結果として、自信があとからついてくる。

今ではそう思います。


人生のハンドルを、自分の手に戻す

他人に決めてもらう人生をやめたとき、
私はようやく、自分の人生を生き始めた気がしました。

生きやすくなった理由は、
環境が変わったからでも、性格が変わったからでもありません。

決定権を、自分の手に取り戻したから。

もし今、
他人の目が気になって苦しい人がいるなら、
「自分で決める」という小さな一歩が、
思っている以上に大きな転機になるかもしれません。

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